新聞に載らない内緒話「呑みすぎ注意」
先日、恩師の墓参りに行ってきた。今年は20回の節目になった。
大学時代の同期生、OBなど、先生にお世話になった人間が遠くは九州、四国、北海道から集まってくる。駅前で花を買い、バスで霊園へ向かう。1年に一度の恒例で、雑草の茂った墓地の掃除をする。終わればその周りで酒盛りということになる。大酒呑みだった先生は、ビールを氷で割って呑むのが好きだった。ビールの水割りを供え、買ってきた焼き鳥をつつく。
先生はある健康上の理由で早々に亡くなられたが、歌人の奥さまはお元気である。足が悪いので墓参りがままならない分、息子さんが代参してくれる。息子さんは日本屈指の、著名な写真家で、我々に交じって酒を酌み交わす。かつての教え子たちの昔話を聞きながら、家では知り得ない父親の実像に触れることとなる。
「おっかない親父だったけど、そんな一面もあったんですか」と目を輝かせる。
実際、面白い先生だった。元新聞記者で、がらっぱちで、人情もろかった。会社の組織が嫌いで、昇進を蹴って大学に来た。
私はこの先生から酒の呑み方を教えてもらった。銀座の、伝統ある店(ただし高級店ではない。値段も安かった)をいくつも紹介してくれた。「社会に出たらこういう店で飲みなさい。付き合っている店の善し悪しで人間が推し量れるものなんだ」と教えてくれた。それらの店は今でもある。ただし、当時の店主は物故、引退で、2代目、3代目が切り盛りしている。
今の会社への入社が決まったとき、神楽坂の料亭で芸者をあげてくれた。三味線を入れてどんちゃん騒ぎをした記憶がある。「こういう場所も一度知っておけば、いざというときに恥をかくことがない」と自腹を切ってくれた。
誰もがそんな、先生の恩恵に浴したようで、思い出話が尽きない。
振り向けばかつての紅顔の美少年、美少女たち? もすでに50半ばになった。皆、酒もすっかり弱くなって、話題は出来の悪い息子らの愚痴と、健康問題である。 「先生も早すぎた。それにしてもあの頑健な先生が病気とはいえ、あっさりと…」とぼやき始めたころ、陽は西に傾き、宴はおつもりとなる。
「じゃあ、ぼちぼち」の声がかかると、誰もがポケット、バッグをまさぐり始めた。次々と錠剤を取り出し、口に放りこむ。「おっ、その薬、高血圧か?」「潰瘍だよ」「これ効くんだよ」「どこで手に入れた?」とひとしきり薬談義に花が咲く。
「先生、呑みすぎるなって言ってたぞ」。
「それって酒のことか? 薬のことか」。
一同の長嘆息に、草葉の陰の先生は笑っておられることだろう。
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